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狐火⑪

冬来たりて火桶親しむ


 冬の風が吹き始めた、霜月。

 先月の中旬から慣例で左大臣が宮中を預かっているが、
 右大臣は全然音沙汰も無い。

 寒いので、市中の南の別荘へ行っているのだ。

「左大臣様」

「桔梗」

「豊明節会もおいでにならないのでしょうか」

「そうだろうね」

「あら、竜神様」

 音も無く、現れた彼は小さい。

 分身だ。

 桔梗は慣れたもので驚きもせず、対応した。

「恋しいと仰るわりには冷たいお方ですこと」 

「貴女こそ私を弄んでおいでではないですか」

「…お邪魔か」

「いえいえ、これは失礼。左大臣殿は命令するのが苦手でござろう?
 話は私がつけておきましたぞ。節会は私が実行致しますゆえ、
 ご安堵なされよ」

「それで私にお望みのものは?」

「囲碁の勝負を。役所では強い者がいないので
 暇潰しにもならぬのです」

「ほう、そうなのですか」

「おや、珍しい方がおいでになりますな」

「?」

「では私は失礼するとしよう」

「すみません、取次ぎを」

 桔梗は慌てて、扇を持った。

「左大臣様」

「おや、これは蔵人の」

「実は門のところでこれを拾いました」

「これは見事な輝きですな。異国の飾りでしょう」

「右大臣殿が何かご存知だとは思いますが…」

「分かった、私が預かっておこう」

(大丈夫ですか?)

 桔梗は自分だって苦手なのにと表情に浮かべた。

「会うのだから、返せばいい」 

「では、用件のみにて失礼」

「お待ち下さいまし」

「女房殿?」

「たぶん今宵、右大臣様からお届け物がある筈。
 宿直する者で顔を出せる者は参上させると良いでしょう」

「はい、畏まりました」

 魁は拾ったのは簪。落とし主は女性だ。
 誰だろう。

 しかし、自分で返すのも出来ないので左大臣に直に頼みに来たのである。

「桔梗? 何か届くのか? 聞いてはおらぬが」

「右大臣御用達の問屋が騒がしかったですから」 

「では、囲碁の続きをしようか」

「はい。白湯のお代わりは」 

「ああ、もらう」

 女房は桔梗以外にもいるが、左大臣がここまで話すのは桔梗だけである。


 さて、夜。
 
 彼女が予想したとおり、右大臣邸から使いが来た。

 かなり大人数で。

「陣中見舞いだそうだ」

 承明門の前に大きな鍋が。

 言付かって来た家司が左大臣の家人に話をしている。

「我々も頂こう」
 
 宿直している者も交代交代で出て来た。

 どれだけ用意したのか、きちんと全員分あった其の鍋の中身はと言えば。

「く、海月」

 左大臣は絶句した。

「これは絶対嫌がらせですわ、なんて事でしょう」

 外では左大臣にきちんと食されたか報告する者が控えている。

「た、食べられますか」

「じ、自信が無い」

「分かりました」

 がぶがぶっ。

「き、桔梗」

 勢いよくかぶりついた上、食い散らかした。

「これを其のご膳に」

「しかし」

「散らかっておりますゆえ、つまむ事もございません。大丈夫ですわ」

「…」

 彼女は、其れを得意気に運んだ。

 使いの者は目を丸くした。

「大層、美味しゅうございましたとお伝え下さいませ」

 使者は無言で帰って行った。

 左大臣が礼状を渡さなかったのは、いつも右大臣は
 こんな紙と破ってしまう為だ。

 使者が右大臣邸へ戻ると、右大臣も戻っていた。
 遊女に扇で風を仰がせながら、寝そべっている。


「右大臣様」

「戻ったか、首尾はどうだ。食べたのか」

「それが…」

 さぞ、困っておろうと楽しみにしていた右大臣。

「かくかく云々で」

「何、食ったと申すのか」

「右大臣様」 

「もうよい、下がれ」

「はい」

 右大臣の顔が怖くなった。

 機嫌が悪くなった証拠だ。

「今日の女はもう飽きた、失せろ」

 潮が引くように、他の者も全て下がった。

「左大臣め、今に見ていろ」

 そして、豊明節会の日。

 右大臣は左大臣より凝った衣装を用意させ、
 いつも以上に堅実な一面を見せ、皆の失笑を
 買ったという。

「桔梗殿も惚れましたかな」

「まさか」

「では今のところ、私の想い人は安全なようだ」

「自惚れないで下さい」

「りゅーじんさまー何処へ行かれたのですかー」

「おや、呼んでいる。残念だ」

 ぴちゃん。

 水音と共に消える。

 桔梗も左大臣も簪のことを忘れてしまっていたのだった。

「寒くなってまいりました、火桶を入れましょう」

「ああ」

 ちらちらと雪が降ってくる。 もう冬だ。

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